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社会の課題を数学で解決したい

key word

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AIによる保育所の入所マッチングシステムの開発

「子ども・子育て支援法」の施行など少子化対策が進む一方で、地域によっては待機児童問題など保育を取り巻く環境は多くの課題がある。なかでも入所選考業務は公平性を保ちながら住民の要望に最大限こたえるために複雑さを増し、延べ約1000時間をかけている自治体もある。それだけ検討しても要望に沿えないケースもあり、限られた入所枠を、いかに公平に、迅速に、きめ細かに割り振るか。この社会課題に、富士通が挑んだ。

project member

  • 和田梨佳

    行政ビジネス推進統括部 行政第三ビジネス推進部 

    2016年入社

  • 大堀耕太郎

    株式会社富士通研究所 人工知能研究所 オートノマス機械学習PJ

    2011年入社

benefit of solution

世の中への提供価値

before

抱えていた問題

保育所の入所選考に膨大な時間と労力がかかっていた

自治体における保育所の入所選考は、複雑なルールのもと申請者の要望を最大限叶えるために、自治体によっては複数人の職員が数日間かけて対応。そのため選考結果の通知も遅くなり、入所に落選した申請者が次を探す時間が不足するなど、住民にも大きな負荷となっていた。

AIによるマッチングシステム

after

実現した世界

AIによる選考で自治体・住民双方の負荷軽減を実現

AIが数秒~数十秒で入所者選考の最適解を導き出すことに成功。選考時間の大幅な短縮により自治体職員の業務負荷が軽減し、選考結果の通知が早くなることで住民サービスも向上し、落選した申請者も「育休の延長」や「幼稚園への入園」などを検討する時間の確保が容易になった。

story

ストーリー

  • AIで保育所の選考を行うマッチングシステムを開発できないか。

    富士通は2014年、九州大学マス・フォア・インダストリ研究所内に、富士通ソーシャル数理共同研究部門を設立。その目的は、現場起点で社会課題を見つけだし、数理やAI技術で解決することだ。これは日本の未来社会Society5.0の考え方にもつながる。本共同研究部門の研究課題は都市混雑、移住定住、保育所入所など多岐にわたった。

    研究課題のひとつである保育所の入所選考は国や自治体のルール、各家庭からの「きょうだいを同じ保育所に」、「別々の保育所でも良いが、きょうだいのうち一人しか入れないなら辞退する」、「上よりも下の子を優先して」といった様々な要望があるなかで、公平性を保ちながら検討しなければならない。入所希望児童が数千人規模の大都市ともなれば、複数人の職員が数日間をかけて試行錯誤していた。それでも「きょうだいが別々になる」というケースの発生や、膨大な作業時間による職員の負荷、選考結果の通知が遅くなることによる住民サービスの低下など、様々な問題が生じている。

    富士通ではゲーム理論と呼ばれる数理手法を用いたAIシステムによって、この社会課題を解決することを目指し、2015年より保育所入所選考のルールについて現場での調査を開始した。

  • さいたま市とのチャレンジがはじまる。

    いくつかの自治体から話を聞くなかで、入所選考ルールが最も複雑だと言われているさいたま市との対話が2016年にスタート。さいたま市でAIによる選考を実現できれば、全国のほぼすべての自治体に通用する。

    プロジェクトメンバーの一人である大堀耕太郎は、大学から富士通研究所に転職してきた社会システムデザインの専門家。九州大学の先生とともに自ら現場に赴きヒアリングを重ねるなかで、数理研究としてチャレンジングな課題であると実感したという。「AIでの選考を行うためには、すべてを数学の問題に落とし込まなければなりません。選考の現場には明文化されていないルールや、現場の職員の方が意識せずに当たり前として処理していることなどがあり、簡単には情報を引き出すことができなかった」と大堀は語る。

    研究者はあくまでも数理やAIの専門家で、保育所入所選考については素人だ。福祉や保育の専門用語などもわからない。一方で、さいたま市の職員にとっても数理やAIの技術理解は難しく、現場から何を話せばいいのかわからない。

    ヒアリングできた情報で技術を開発して実証実験をしても、情報不足から職員の方が検討したものと同じ結果にならない。そんな状況が続いた。

  • ソーシャル数理だからこそ解決できることがある。

    ソーシャル数理の研究アプローチは現場の業務をモデルに落とし込み、それを用いて対話することで現場側と技術側の齟齬をなくしていく。そして、そのために数理やAIの研究者が自ら現場に赴いて問題を正しく理解する。

    「人間を含む社会課題は複雑で、現場の知識を正しく引き出すことは簡単ではありません。現場の状況も日々変化し、実験のためのデータも更新されます。そのため、繰り返し現場からヒアリングをする必要がある。最後までやりきるには、現場側の熱量がないとうまくいきません。私たちだけではなく、現場もどれだけ解決したいと思っているか。これが共創の重要なポイントです」と大堀は言う。満足いくものをつくりあげるために、大堀たちは約1年をかけてヒアリングと実証実験を行い続けた。

    その結果がかたちになったものが、数千人規模の児童のきめ細やかな割り当てを数秒で算出する保育所AI入所選考ソフトだ。

    プレスリリースを出した後、多くの自治体から問い合わせがあった。自治体との商談を担当した一人が和田梨佳だ。普段は自治体向けに富士通が展開しているパッケージシステムを拡販しているが、AIを扱うことは初めてであり、独特の難しさがあったという。

  • 日本から保育所入所選考の問題がなくなるかもしれない。

    2018年の11月から販売を開始したシステムだったが、「自治体ごとに保育所の入所選考の課題は違うため、なにを伝えれば響くのかがまったくわからなかった」と和田は当時を振り返る。「うちに合わせてこんなことはできるのか」という自治体ごとの細かな質問もあれば、情報部門の職員からAIやゲーム理論に関する質問を受けることもある。わからないことはその都度持ち帰り、研究員やSEに確認をしてはインプットを増やす日々だったという。

    一方で、「現場の声のなかに多くのヒントがある」と和田は再認識したという。様々な課題を拾う度に、お客様と一緒に商品をゼロから育てていくことになる。結果として、それがマーケットをつくっていき、数多くの自治体に使われることによって保育所入所選考の問題そのものが全国からなくなっていく。このプロジェクトから生まれた製品は、そんな可能性を持っている。

    すでに9つの市や区が導入し、予算化を検討している自治体も30を超えた。目指す社会課題の解決は、まだ始まったばかりだ。