Project

世界一信頼性の高い株式市場を目指して

東京証券取引所 株式売買システム開発

インターネットによる株式売買が普及して以来、世界市場の取引額は驚異的なペースで増加している。その一方で株式売買システムにかかる負荷も増大し、海外の多くの取引所で深刻な不具合が発生。健全な市場運営が危ぶまれているのも事実だ。その課題は、日本最大の市場「東証」にとっても例外ではない。世界で最も信頼できる市場を目指し、富士通によるシステムリニューアルが始まった。

世の中への提供価値

Before
爆発的な株式売買注文数の増加によりトラブル発生リスクが増大

売買を自動で行うアルゴリズム取引の普及などにより、株式の売買注文数が飛躍的に増加。海外では株式売買システムの不具合のためにトラブルが多発し、取引参加者にとってリスクが増大していた。この状況を踏まえ、日本の株式市場においても、市場の信頼性・安全性を確実に担保する必要性が高まっていた。

After
旧システムの3倍の処理速度と、ノートラブル稼働を実現

新「arrowhead」では、注文処理のスピードを旧システムの3倍に当たる300マイクロ秒まで高速化し、海外の最高水準に並んだ。さらに、信頼性確保のためのシステム構成を徹底。稼働後には大きなトラブルを一度も起こすことなく1日1億件以上もの注文を処理し、東証の取引額は増え続けている。

ストーリー

「Never Stop」を合い言葉に、リニューアルがスタート。

東京証券取引所はニューヨーク証券取引所、ロンドン証券取引所と並ぶ世界最大の市場のひとつであり、上場銘柄数は約3800銘柄。日々の売買代金は3兆円を超えている。この大規模な取引を支えている株式売買システムarrowheadは、2010年1月に稼働して以来、世界トップクラスの性能を誇っていた。しかし売買システムの高速化に伴い、株式の注文件数はさらに世界的に増加。海外の市場では多数のシステムの不具合が報告され、とりわけ2012年8月にニューヨーク証券取引所で起こったトラブルによる株価の乱高下は、世界の市場に深刻なインパクトをもたらした。

そうした状況のなかでも、arrowheadは2010年の稼働以降システムの全面停止が一度もなく、世界的に高い信頼性で知られていたが、今後のさらなる取引数の増加を見据え、2015年の全面リニューアルが決定する。そこで掲げられたテーマが「Never Stop」だ。処理速度の向上はもちろん、「絶対に止まらない、世界で最も安全な株式取引システムをつくること」が、現場のエンジニアたちに課せられたのだった。

ハードからソフトまで、システム全体を一貫して見直す。

このプロジェクトの企画段階から開発リーダーとして活躍したのが、システムエンジニアの桑原章紘。彼がまず行ったのは、東京証券取引所との徹底した議論だった。桑原は当時のことを次のように振り返る。「新arrowheadの高い目標性能を実現するためには、お客様の要望を受け入れるだけではなく、サービスの仕様にまで踏み込み、新たな技術を取り入れた抜本的な改善策を提案する必要がありました。富士通にはarrowheadのハードウェア、ミドルウェア、アプリケーションのすべてを一貫して開発・保守しているという強みがあります。このおかげで、私たちエンジニアもシステムの全レイヤーを見通したベストなアイデアを提案・実行していくことができました」

一方、東京証券取引所のシステム担当者もプロジェクトへの理解が深かった。富士通と共同で立ち上げられた検討会では、共に東証を世界で最も安全な市場にしようと一致団結。この緊密な連携は、開発の最終段階まで持続し、システムの完成度を高めることに大きく寄与することになる。

海外市場に匹敵する、過去最高の処理速度を達成。

従来のarrowheadではすでに1件の注文に対し1ミリ秒という高速処理を実現していたが、リリースから数年が経ち、当時の先端的な海外市場と比べるとやや遅れをとっていた。そこで今回のリニューアルでは、大幅な高速化を目指しシステムを全面的に見直すことになる。そのためにまず、ハードウェアでは最新の高性能プロセッサがいち早く搭載されたIAサーバ、FUJITSU Server PRIMERGYを200台導入。ネットワークの高速化のため、スーパーコンピュータなどに用いられるInfiniBandも採用した。ソフトウェアについては、ハードディスクではなくメモリ上でデータベースを管理するFUJITSU Software Primesoft Serverを採用。ハード・ソフト両面による高速化を図り、最終的には旧システムの3倍に当たる300マイクロ秒を達成した。

斬新な設計思想と徹底したテストで鉄壁の信頼性を確保。

もうひとつの課題である信頼性の確保に向けても、開発チームは大胆な発想で挑戦した。「どれだけ高性能なマシンに優れたソフトウェアを載せても、故障のリスクはある。ならば、故障しても決して止まらない仕組みをつくろう」という設計思想から桑原が考案したのは、わずかな異常でも検知すればサーバを積極的に停止し、正常なサーバで処理を引き継ぐというかつてない慎重な仕組み。さらに、通常であれば2台のサーバで行う冗長化を3台にまで増やすことで、なにがあっても止まらない構成を実現した。

さらに、開発工程においても通例にない緻密な手法が採用された。それは、プロジェクトの上流工程で徹底的にバグを出すというもの。これにより、下流工程で見つかるバグは前回の10分の1まで減った。さらには製造段階でも個々のプログラマが全体のシステム設計を理解し、設計上のバグを積極的に発見するという異例のチェック体制を敷くことで、寸分の狂いもない完璧なシステムを追求した。

「決して止まらない」理想的なシステムの誕生。

2015年9月、予定通り新arrowheadはリリースされた。リニューアルの効果もあって注文は増え続け、多い日には1日1億件以上、1分間で140万件もの注文を処理しているが、現在に至るまで一度も大きなトラブルはなく、もちろんサービスが停止したこともない。arrowheadは世界最高水準の速度と信頼性を兼ね備えたシステムとして世界の投資家に認められ、「東証」は世界経済の発展の一翼を担う市場として、さらなる飛躍を遂げつつある。

「このプロジェクトではエンジニアとして自由に最新技術を駆使した開発ができ、世界最高の信頼性を実現することに成功しました。東京証券取引所、ひいては日本経済の活性化に貢献できたことを嬉しく思います」と桑原は振り返る。「しかし、挑戦はまだこれから。2024年のリニューアルを目指し、お客様とのディスカッションがすでに始まっています。CPUに代わる集積回路として期待されるFGPAやクラウド技術などのチャレンジングな技術を投入し、さらに高速性・信頼性の優れたシステムを目指す予定です」

Project member
A.Kuwabara

デジタルビジネス事業部
2011年入社