Project

ITの力でコロナ対策に貢献したい

新型コロナウイルス感染症対策プロジェクト

新型コロナウイルスの感染拡大が日本でも予測され始めた頃、厚生労働省や自治体は、感染症法に基づいて、クラスターの大規模化を防ぐべく動き出した。ネックになったのは、保健所における、紙とファックスを用いた従来の情報収集方法。未知のウイルスに対処するには、スピードが重要である。ITを用いて迅速で的確な情報収集・共有を行うべく、「新型コロナウイルス感染症対策特別チーム」を発足し、人々の健康を守るべく官民学と協働した。

世の中への提供価値

Before
新型コロナウイルス対策で、自治体・保健所がパンク寸前に

新型コロナウイルス対策における日本の戦略は、「感染者や感染ルートを見つけ出し、クラスターの大規模化を防止する対策を取る」というものだった。しかし、「該当者に聞き取りし、紙とファックスで情報を収集・管理する」という“人力”では、自治体や保健所の業務がパンクすることが予想され、感染拡大の危機が迫っていた。

After
チャットボットを用いて、情報収集・共有するしくみを早期提供

富士通が提供するチャットサービス「CHORDSHIP(コードシップ)」をベースに、利用者がスマートフォンで健康観察情報を入力できる「健康観察チャット」を設計。全国の自治体で導入され、クラスターの早期発見・早期対処に役立った。長崎のクルーズ船では、緊急支援後の感染拡大を防ぎ、その手法は国内外で高い評価を受けた。

ストーリー

新型コロナの感染拡大を食い止めろ! 富士通の対策チームが動き出した。

「富士通の意見を聞きたいので、至急来てほしい」。厚生労働省の新型コロナウイルス感染症対策本部から連絡が入ったのは、2020年2月末。国内でも、ルート不明の感染者が出始めた頃のことだった。「日本の戦略は、クラスターと呼ばれる集団感染の母集団を迅速に見つけて、感染拡大を食い止めることでした。その方法を検討するために、様々な分野のスペシャリストが集められていたのです」と、黒瀬は振り返る。鍵を握るのは、保健所とそこに集まる“情報”だ。日本には「感染症法」という法律があり、感染者と濃厚接触者を、一定期間、保健所が追跡調査する決まりがある。しかし、聞き取り調査や集計の方法は、紙とファックスを利用するアナログな手法だった。「人力で多くの人の情報を同時に収集するのは、不可能に近いと思いました。保健所の業務がひっ迫するのも時間の問題。緻密なデータの収集と共有、分析を行うために、ITを活用して業務をデジタル化する必要があると思いました」。黒瀬は、保健所で使用する書式をもとに、チャットボットを活用した調査システムのプロトタイプを、一晩で完成させた。「元々、我々は、社内ベンチャー組織として立ち上げられた“つくれるコンサル集団”です。たとえ未知なるモデルであったとしてもモックからつくりあげて、すばやく成長させることができます」。翌日、厚生労働省のクラスター対策班にプレゼンすると、すぐにゴーサインが出され、富士通社内に「新型コロナウイルス感染症特別対策チーム」を発足させたのである。

イノベーションには障壁が付き物だ。問題は、いかに乗り越えるか。

チームが開発したのは、感染者や濃厚接触者が、スマートフォンからチャットボット形式で、日々の健康状態を入力できるシステム。「クラスターの発生を未然に防げるし、発生源を追跡することで、感染の拡大を食い止められます」。「CHORDSHIP(コードシップ)」をベースに、現場の要望を取り込みながら早期にサービスを実装した。
しかし、自治体での導入には、障壁があった。個人情報保護の問題である。「多くの自治体が、インターネットに接続されたサーバーに個人情報を保管することに、慎重でした。ただし、イノベーションに障壁は付き物です。いかに乗り越えるかを考えるのも、イノベーターとしての醍醐味です」。
突破口となったのは、宮城県庁だった。東日本大震災を乗り越えた同県には、イノベーティブな精神が熟成されていたからだ。「個人情報を取らずにID化することを打開策とし、感染症専門医と調整を重ねました。そして、保健所とも情報共有しやすい管理画面などを盛り込んだ、『健康観察チャット』第一号が、完成・導入されたのです」。
システムの導入により、保健所の職員が感染症対策に時間を割けるようになった。市と県の間で情報をリアルタイムで共有できるようになり、感染者の隔離が迅速に行えるようになった。有効性が証明されたことで、国から全国の自治体にシステムの活用を推奨する業務連絡として案内。10日間で20の自治体と60の保健所に導入され、感染症対策に尽力されている保健所の負担軽減に貢献した。

日本の緊急対応力が問われた長崎のクルーズ船。

しかし、達成感を味わう間もなく、次の案件が待っていた。長崎に停泊中のイタリアのクルーズ船で、新型コロナウイルスのクラスターが発生。イタリア政府が日本政府に救助を要請し、厚労省のクラスター対策班より「『健康観察チャット』の外国語版がほしい」という要望が届いたのである。クルーズ船は、3隻。修理中で乗客はいなかったものの、約1,800人の外国籍の乗組員がいた。「重篤患者が出れば、上陸しての治療になる。市内の医療リソースがひっぱくする心配がありました。なんとしても、感染拡大を食い止めなければと、使命感に震えたのを覚えています」。
一刻一秒が争われる中、すべて英語表記にし、所在地を船室の部屋番号に、接触者IDを船員IDに変更。依頼を受けてから7時間で外国語版を提供することができた。「情報の取り方も工夫しました。陽性者は必ずしも発熱が有る訳ではないため、嘔吐、のどの痛みなど“症状”の推移を追跡するようにしたのです」。
また、感染すると重篤化しそうな乗組員を、病歴等から専門医とチェック。受け入れ病院と事前に対策協議を行った。チャットボットにコメント欄を設け、要望があれば迅速に対応することで、「入力内容にちゃんと目を通してくれている」と安心感を与えたことも、メンタル面のカバーに効果を上げた。「私たちが介入した時点で、感染者は148人。623人の濃厚接触者がいましたが、1カ月経っても陽性者はプラス1人で、死者はゼロでした」。イタリアと日本の友好関係も深めたこの事例は、集団感染対策の対処例として国内外で高く評価されている。

「私にもやらせてください!」。チームに若手が志願した。

黒瀬たちの活躍に刺激されて奮起したのが、部内でUI(ユーザーインターフェース)を担当していた入社2年目の高木だった。「クルーズ船の事案で成果を上げた『健康観察チャット』を、長崎県全体でも『N-CHAT』として使うという話を聞きました。その時、『UIの力で利用者に安心して使ってもらいたい。私にもやらせてください』と、チームに参画したのです」。
それまで『健康観察チャット』は、医療従事者が使うものだった。しかし、今度は、小学生から高齢者まで、幅広い層の県民が入力する。データを管理するのも、学校の先生や一般企業の方に対象が広がる。「どうすれば、スマートフォンに不慣れな方でも入力しやすいか。どんな画面構成なら、データにアクセスしやすいか。画面のスクロールの仕方や設問のグルーピングなど、使う人や場面を思い描きながら、UIを設計していきました」。
入社1年目の菱田は、新入社員研修中に、プロジェクトの様子を知らされていたという。「メールを読むたびに、鳥肌が立つ思いでした。『仕事で社会に貢献できるのは、こんなに素晴らしいことなのか』と。早く現場で働きたくて、気持ちがはやりました」。
その菱田と高木の若手2人が自ら考案したのが、YouTubeに『N-CHAT』の解説動画をアップすることだった。

システムの早期立ち上げを目指して、ビジネスYouTuber誕生。

『N-CHAT』の利用率が低ければ、長崎県の施策は成功しない。そうかと言って、操作方法についての問い合わせが殺到すれば、行政の業務に支障をきたす。「『簡単に使えるな』と思ってもらえる解説動画を作ることで、システムを早く立ち上げようと考えました」と、アイディアを思いついたきっかけを、菱田は説明する。菱田が動画をデザインし、高木がナレーションを担当した。「カット割りやテロップの入れ方など、見る人を飽きさせない工夫をこらしました」と、菱田。1秒間で読めるテロップの文字数から逆算し、0.1秒刻みでカットを切り替えた。高木は、声優としての才能を発揮。親しみやすい声や話し方が、好評を博した。
「一般的なYouTube動画は、再生維持率が30%以下と言われていますが、この動画は、80%近くをキープしています。2人の奮闘が、驚異の視聴率維持率に繋がったのです」と、黒瀬。
また高木は、「入力者の継続的な利用促進ができる仕組み」を考案。特許として出願も果たした。「『N-CHAT』が県民に浸透したことで、正確なデータが収集でき、学校のクラス単位でアラートが出せるほどの精度を実現することができました」と、システムの集計・分析も担当している菱田は、胸を張る。毎日、3万人近い県民が入力を続けている。

メンバーの特性を活かす機会を与え、本人が気づかない才能までも引き出す。

これらの取り組みはテレビでも取り上げられ、チームのモチベーションを高めた。「自分で気が付かなかった才能を見つけて伸ばし、ちゃんと評価してくれる。本当にありがたい環境だと思っています」と、高木。「この件は高木さんに任せよう」と声をかけられ、技術も身に付いてきている。「社会の役に立っているという実感が、仕事のモチベ―ションになっています。チームの先輩たちのように、先を読んで物事に備える力を身に付けたいです」。
「新しいビジネスモデルを企画して実践させてくれる職場です」と、菱田も言葉を添える。入社一年目ながら、『健康観察チャット』をスポーツイベントで活用するプロジェクトの、リーダーを任されているという。「学生時代の友人の中には、コロナ禍で実戦での仕事が出来ていない人もいます。仕事の話をすると、『もう、そんな重要な仕事を任されているのか』と、驚かれます」。
「『未知なるモデルをプロデュースしていく』というのが、DX企業としての富士通のスタンス。そこには、若手もベテランもありません」と、黒瀬は語る。「メンバーは、自分の才能や長所に気づかないこともあるので、それぞれの特性を活かせる機会を与えて能力を引き出すことが、リーダーの役目でもあります、新型コロナウイルスの危機は、いまだ全世界を覆っており、ITでできることは、無限にある。障壁を突破し、未知なるモデルを迅速に形にすることが、私たちの使命だと思っています」。

Project member
A.Takagi

ソーシャルデザイン事業本部 デジタルタッチポイント事業部
つくれるコンサル スプリンター
2019年入社

Y.Kurose

ソーシャルデザイン事業本部 デジタルタッチポイント事業部 リーダー
つくれるコンサル プロデューサー
2014年入社

T.Hishida

ソーシャルデザイン事業本部 デジタルタッチポイント事業部
つくれるコンサル スプリンター
2020年入社